大勢の人混みを掻き分けていく先には、下界の妖怪討伐から凱旋した
闘神太子の軍勢があった。
いかつい面々の大人たちの先頭に、
ただひとりだけ、身の丈が低い子供の姿があった。
その面立ちは端整で、透けるように白い肌には
先の戦闘で倒したのであろう獣の鮮血が、わずかに付着している。
血の紅が肌の白さに対比して、
その姿をより一層冷酷で果敢な闘神として描き出していた。
わずかに乱れたまとめ髪の一糸が、緩やかに揺れながら頬をかすめ、
その様が子供らしくない、微かな色香を漂わせる。
「おーおー、相変わらずお供の大人たちは、襟のひとつも乱さず…ってか…?
今回も類にもれずナタクに任せっきりで、自分たちは高みの見物だったんだろ…
いい大人の面の皮が情けねぇぜ…!」
悟空の傍らで捲簾が愚痴をこぼす。
「なぁなぁ、あいつ、怪我してねぇか?」
「あん? 服に血はついてるみてぇだけど、ぴんぴんしてるじゃねぇか?
大丈夫だろ?」
「でも…顔色わるいぞ…?」
「そりゃお前、一人でまた強い妖怪でもぶっ倒して来たんだろ?
あのちっこい体でそんだけ働きゃあ、顔色だって悪くなるさ…」
「なんでっ! だってあいつの周りには大人だっていっぱいいるじゃん!
あいつら皆、ナタクと一緒に『仕事』に行って来たんじゃないのかよっ?」
「…そりゃまあ、そうなんだろうけど…」
世知辛い大人の世界の事情など、悟空に言って聞かせたところでわかりやしない。
きっと怒って何かしでかすに決まっている。
「お〜い、お〜いっ、ナタク!」
悟空は力いっぱいナタクの名を呼ぶ。
だが、その声は彼の元には届いていなかった。
下界で妖怪を倒し、悠々自適の凱旋を果たした闘神一行を一目見ようと、
その周りには沢山の野次馬が群がっていたからだ。
当然、小さな身体で容赦なく殺戮を繰り返す闘神を、
怪訝な物言いで陰口する者もいる。
ナタクはそんな冷たい中傷交じりの歓声の中を、ただ憮然と突き進んでいった。
「せっかくのご帰還に、英雄は笑顔の一つもナシかぁ〜」
「ナタク、きっとまたどっか怪我でもしたんだよ……
元気そうには見えねぇし、俺の声も全然聞こえてねぇみたいだしサ…」
不安げな表情で悟空は捲簾の方へ向き直る。
「それとも、さっき捲兄が言ってたことって…
『おとな』が『こども』を… ナタクを虐めてるってことなのかっ?!」
悟空にしては珍しく勘がいい。
やはり好きな奴のことになると、普段気が利かない小猿でも
機転を利かせるだろうか…?
そんなことを考えながら、
捲簾は大人の世界の事情をどう悟空に伝えようか思案した。
「う〜ん、っつーか、あいつの親父がそもそも問題らしいんだな…
ほら、あの親父って、この世界じゃあ成り上がりモンっていうか、
下からのし上がってきた奴なんだ…
だから、息子の手柄は全部自分の手柄にして、早く偉くなりたいのさ。
そのためには、他の大人が手出しをしちゃあ困るのさ…」
「なんで、ほかの大人が手出ししちゃいけないのさ!
大人がダメだったら、子供の俺ならいいの?
俺だったら、ナタクの手伝いをして、悪い妖怪やっつけても、
ナタクは困んないのか?」
ナタクを少しでも助けたい…
そんな悟空の思いやりなのだろう。
不意をついて出た悟空の言葉に、捲簾も哀しげな瞳をする。
「この取り巻きの中じゃあ、お前がしゃしゃり出て行ったら、
またおの親父にとやかく言われそうだもんな…
おっしゃぁ〜!
ここは、また俺様がお前のために一肌ぬいでやろうじゃねえかっ!」
「え? 俺、捲にぃのハダカなんて見たくないけど?」
「んじゃなくてなぁ〜、一肌脱ぐってのはだな、俺が、
お前がナタクに会えるように 協力してやろうっていうことだよっ!」
「えっ?! ホント?! ほんとに? やったぁ〜!!」
悟空は満面の笑みで捲簾に抱きついた。
その勢いで後ろに倒れこみつつも、捲簾は嬉しそうな悟空の表情に満足した。
ナタクが天帝に挨拶を済ませ、宮殿に戻ったのは、
それからしばらくしてからのことだった。
父親である李塔天の部屋でなにやらその小言を聞かされ、
渋い顔で自分の部屋に入ったのを確かめると、
捲簾は待ってましたとばかりに、部屋の前で番をする女官に廊下の端から声をかける。
「ねぇ、そこの綺麗なお嬢さん…!」
「え? 私のこと…?」
女官が声のする方向に目をやると、
そこには捲簾大将が綺麗な花をちらつかせて目配せをしている。
もとより自称ジゴロの捲簾のことだ。その見た目の甘さと、
口の上手さが合間って、女官の一人ぐらい落とすにわけは無い。
女官は頬をにわかに紅く染めながら、捲簾の元へと歩み寄ったのだった。
「あの…私に何かご用ですか?」
「モチロン! 君のその美しさに惹かれて、ついついここまで来ちまったんだよ」
「…そ、そんな…」
「ねえ、ちょっとだけ…俺と二人きりで話しでもしない…?」
「え?…そうね…ちょっとだけなら…」
女官はちらりとナタク太子の部屋に目配せをしながらも、
捲簾の誘いを断ることをしなかった。
そして、女官がまんまと捲簾の誘いに乗り、その場を離れた瞬間、
悟空はナタクの部屋に入り込むことに成功したのだった。
「…ナタク…!」
「お、お前…!!」
下界での戦いと、天界での世辞にうんざりしていた矢先だった。
暗く殺風景な部屋が、悟空がひとり来ただけで別の場所に変わったような気がした。
にわかにナタクの顔にも笑顔がもどる…
「よくここまで入って来れたなぁ〜! 女官に止められなかった?
前から面白い奴だと思ってたけど、お前って、一体何モン??」
「ちぇっ、久しぶりに会った挨拶がそれか?!
『久しぶり』とか、『元気だったか』とか、『会いたかった』とか、
なんか他のセリフを言ってくれてもいいじゃんか…!
俺は、すっごくナタクに会いたくて、毎日ナタクのこと考えてて…
んで、んで、ようやくここまで来れたっていうのにさ…」
感極まってか、嬉しさで少し瞳を潤ませる悟空に、
ナタクはニコリと微笑みこう伝えた…
「うん…そうだな…!
今、お前が言ったセリフ…全部、俺がお前に会ったら言いたかったセリフだ…!
俺もサ、すんげぇ〜お前に会いたかったぜ!」
「ほっ、ホントかっ?!」
「うん、ホントだ!」
「うわぁ〜、俺、ナンカ、すんげぇ〜嬉しいよっ!!」
感情表現が動物並みに素直な悟空は、そのまんまナタクに抱きついた。
勢いで、思わず背後の大きなベッドに倒れ込む。
先日の凱旋の傷がまだ癒えぬのか、少し痛そうに顔をしかめたナタクを、
悟空はハッとして心配そうに覗き込んだ。
「わっ、ごめんっ! 痛かったか?!」
「ううん。こんぐらいへっちゃらさ…!
…にしても、お前、ちっこいくせに力あんなぁ〜!
…その枷だって…かなり重いんだろ…?」
悟空を胸に抱いたまま、ナタクはその手足にはめられた鎖の枷を
痛々しそうに見つめる。
「こんなの、ナタクの傷に比べたら、それこそ全然へっちゃらさっ!」
二人は、思わず互いの顔を見合わせて笑った…
まるで互いに水を得た魚のように生きいきとしている。
その存在が、ついさっきまで他人として存在していた者のようには思えなかった。
しばらくの間、他愛のない会話を交わし笑っていると、
窓の外に小石の当たる音がした。
「あ…、捲にぃの合図だ……!
ナタク、俺もう帰んなきゃいけないけど、
またきっと遊びに来るからさ… 今度はどっか遊びに行こうぜ!」
「ああ……きっとな……!!」
つかの間の逢瀬を終えるかのように、後ろ髪を惹かれる。
だが、その笑顔に嘘や偽りはなかった。
また必ず逢えるから…また必ず逢いにやってくるから……
そんな気持ちで、悟空はナタクの部屋を後にした。
悟空を木陰で待ち構えていた捲簾は、寂しげに窓から出てくる彼を見て
独り言のように呟いていた。
「そうだよなぁ〜、『子供』に限らず、『大人』の俺だって、出来るモンなら
アイツの手伝いをしてやりてぇ〜よな……
第一、 いい大人が指を咥えて子供に戦わせてるって言うのも
虫が好かねぇしよ…」
「だからといって、また騒ぎを起こすのは勘弁してもらいたいですね…!」
「てっ、天蓬…!」
いきなり横から口を割って入った天蓬に、捲簾は声を出して驚いた。
そこに駆けてきた悟空は、二人を見つけて嬉しそうに話しかける。
「ねえ天ちゃん、もう『しらべもの』は、終わったの?」
「ええ…そうなんですよ。
それでですね…お二人を、ちょっと面白い場所へ連れて行こうと思いまして…」
「面白い場所? 美人ギャルの沢山いるトコ?」
「美味しいモンの沢山あるトコ?」
「ブー!そのどちらでもないです!二人とも、その短絡的な思考回路…
どうにかならないですかねぇ…
けど、行ってみて、ソンは無いと思いますよ?」
「「行く、行くッ!!」」
天蓬の思惑など知らぬ二人は、彼に誘われるままに出かけることにした。
それがパンドラの箱を開けてしまうことだとも知らずに……
≪あとがき≫
大変長らくお待たせしてしまいました・・・(ρ_;)
んでもって、長くて、取りとめもない展開になっています( ̄▽ ̄;)
次回はちょっと複雑な話の展開になります★
これからどんどん話をこじらせて行く予定〜♪ヾ(- -;)
お楽しみにおまちくださいませ〜d(⌒o⌒)b